パリの片隅でブログを綴る(できるだけシンプルでエコロジー暮らし)

フランス生活、家族のことなどを綴っています。新米YouTuberです

昔好きだった人の話

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昔好きだった人の話

高校1年から卒業した後もハタチくらいまでずっと片想いだった同級生のことです。

当時の彼とは野球部員とマネージャーと言う関係でした。
結果として、その後それ以上でもそれ以下にもならなかったわけなんですが。笑

高校3年になる頃には周りはみんな知っているくらい、私が彼のことを好きだと言うことは有名だった(恥ずかし!)し多分本人もよーくわかっていたと思います。

明るいキャラクターで誰とも親しくできるタイプの彼にはすぐに彼女が出来て(しかも中学時代の私の先輩・・)それを目の前で見ることになってしまい、絶望したり、その後やっと距離が近づいてきた頃には大学受験、卒業がやってきてしまい上手くいきませんでした。
今振り返れば、あまずっぱい青春時代の話ではあるんですが、当時は全てに一喜一憂していたのですよね。若かったなぁ・・

私はその後好きな人が出来たり、今は全然違う人と結婚していますが、彼は私にとって「特別な人」ではありました。今もそうなのかもしれません。
特に叶わない恋だったからいい思い出に美化しているのでしょうね。


ところが、ちょうど一年前のクリスマスイブに私の友人から連絡をもらい衝撃的な事実を知ることになってしまいました。


彼が突然の病で亡くなった、と言う知らせ。


その友人は昔の私の想いをよく知っていたと言うのもあり、悲しいお知らせではあるけどもすぐに連絡をした方がいいと思ってくれたと言うことでした。
もしその友人が連絡してくれなかったら、何も知らずにフランスで生活している私にはこの先も知りえない事実だったでしょう。
何年も先に実は亡くなっていた事実を知るのもとても辛いことだと思います・・。友人の優しさには本当に感謝です。

高校卒業後、彼とは何度かは同窓会のような感じで再会はしたのですが、その後かれこれ10年くらい彼のことは正直良く知らなかったです。
ただ、あまりにもその死がショックでしばらくの間何をしていてもずっと頭の中に残っていました。

落ち込んでも変わらない、考えるのはやめようと思ったときにいよいよ泣けてきてしまいました。
なんか色々と消えてしまうような思いが込み上げてきてしまったんです。
表しきれない気持ちに苦しんで、突然来た本当の別れに何にも出来なかったことが辛くなってしまいました。

日本に帰国したとしても、何があってももう会える人ではないんだな、と。
大好きな祖母を亡くした時も、海外にいるすぐに駆けつけられなかった、最期にも会えなかった自分のことを悔やんでしまったことがありました。
「もっとしてあげられることがあったのに」などと自分を責めてしまいました。
悔やんでも、失ってしまった事実は変わらないんですけどね。


私が母という立場になった時から、生命について何度も考える事があります。
新しい命(息子)が生まれると言うことは、同時に誰かがもうこの世から居なくなってしまうことが起きるんだ、悲しいけどこれが当たり前なのかと感じてしまいます。
これまで「生」と「死」の存在は知っていても身近に感じていなかったのだと思います。
大切な人の死が受け入れられずにいるし、新しい命を育てていくと大きな責任もある。それらを同時に感じたから私は生かされているんだと実感したわけです。

もし!最期に彼に会う事ができていたとしても、当時と変わらないまま上手く話せずにいただろうしもっと死を受け止めきれなかったかもしれない。

またクリスマスがやって来る頃、美しい思い出と共に彼のことをひっそり思い出しているんだろうなぁ。








お読みいただきありがとうございました。
お題「恋バナ」

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